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2019.02.06

チャイニーズニューイヤーはなぜ1/1ではないのか?その理由と世界各国でのお祝いについて


こんにちは!ジュンペイです!

2/5といえば、中国の新年として知られています。フィリピンで生活していると、Google Calendarにも「Chienese New Year」として表示され、世界ではよく知られているのだと感じます。今日は、そんな各国での1つのイベントになっている中国の新年に関して、起源や由来・また各国でのお祝いの様子を調べてみました。



チャイニーズニューイヤーの日にちが毎年バラバラになる理由


日本や他の国のように、12/31に1年が終わり1/1に新年が始まる僕らからすると、「なんで2/5が新年なのか?」と思うのではないでしょうか。

さらに中国の新年は、年によって日にちが変わります。例えば、2020年以降の日にちは下記のようになっています。



その理由について調べてみたところ、中国のお正月は、通常の暦と違って古くから存在している太陰暦(月を基準にした暦)を用いているからだそうです。それに対して、中国以外の日本やアメリカといった国は太陽暦を使っているため元旦は1/1となります。


太陰暦は、月の満ち欠けを基準とした暦のため一ヶ月が約29.5日ごととなり、1年が約354日となります。そのため、太陽暦とは1年間で11日ほどのズレが生じ、太陽暦に合わせるためには3年に1回「閏月」といって追加の一ヶ月を導入する必要があります。そのため、毎年ニューイヤーの日にちがバラバラになるとのことでした。




各国でのお祝いの様子



日本ではあまり知られていないかもしれませんが、実はこの日は世界各国でお祝いが行われます。特に、世界にあるチャイナタウンでは盛大にお祝いが行われ、特に古くからチャイナタウンがあるアメリカ・サンフランシスコやカナダのビクトリアなどでは毎年お祭りが行われます。


個人としては正直なところ、日本ではこういった中国の新年を祝うお祭りはそこまでメジャーではないんじゃないかと思っていました。(東京などはわかりませんが)
ところが、海外に住んでみると自国のお祭りではないのに一緒になって祝う姿を見て、異文化に触れた気がして新鮮に感じます。


中国人の人口は圧倒的なものがあり、海外に行っても大体中国人が暮らしています。人口比率で考えると、海外に住む中国人もたくさんいるので各国でチャーニーズニューイヤーを祝う動きがあっても何ら不思議ではないですよね。どこの国でもチャイニーズのコミュニティができていることを考えると。そう考えると、これからの時代はますます春節のお祝いは世界中で大きくなっていくのではないかと感じています。



セブ島での様子


ちなみにセブ島で行われたお祝いについても見てみました。



(去年のマルコポーロホテルでのお祝いの様子)

https://mycebu.ph/article/marco-polo-cebu-chinese-new-year-2018/




他にも、今年の様子を見ているとアジアの企業が多く立ち並ぶIT ParkではChinese New Yearの前日に花火が上がったりと、当日ならではイベントも行われていました。


10年前とは全く別の国、中国



去年や昔に比べると、最近では中国からの生徒さんも珍しくはなくなりました。QQEnglishのスタッフとして毎週新入生と顔合わせをしているのですが、今までそこまで多くなかった中国からの生徒さんが最近では徐々に、しかし確実に増えて来ていると感じています。

そしてここからは少し個人的なお話になるのですが、実は自分は2009年に学校の研修旅行で北京を訪れました。北京オリンピックが終わって半年後に行った当時はまだ開発途上の部分も多く、とはいえすでに巨大な街ができていることにすごく驚いたのですが、「さらに伸びる余地あり」といった印象を受けました。

しかし今では、全く状況は変わっているといいます。実際に、生徒さんを見ても中国から来る人はオシャレです。先週入学された中国からの女性は、都会らしいファッションにお化粧も先進国と遜色ないレベルで、移動中にiPhoneで音楽を聞きながらインスタグラムを見ていました。日本の都会を歩いていても全く違和感がないと思います。今の中国はアジアの中でも相当高いレベルだということを実感した瞬間でした。

2019年の今でそうなのですから、これから先を考えるとすごいことになると思います。これから目を離せない国、中国に関してもっと深く知っていきたいと思った一日でした。

(フィリピン事情)