AIに奪われない仕事とは何か―フィリピンのコールセンターが教えてくれること

あなたの仕事で、去年まで人に頼んでいたことのうち、今年はAIで済ませたものがいくつあるでしょうか。
画像や動画の生成。簡単な資料づくり。ちょっとしたライティングや、ウェブページの修正。ひとつも思い当たらないという方のほうが、いまは少ないかもしれません。
AIに仕事が奪われるという話は、もう遠い未来の予測ではなく、日々の実感の段階に入っています。
ただ、それはあくまで「業務の一部が効率化された」という話です。もし、国の基幹産業がまるごと影響を受けるとしたら、どうでしょうか。
それが現実に起きつつある国があります。私が15年以上、学校を運営してきたフィリピンです。
業界団体が、2028年の目標を自ら下げた
2026年7月、フィリピンIT・ビジネスプロセス協会(IBPAP)が、業界の2028年目標を大幅に下方修正しました。
もともとの目標は、収益約590億ドル、雇用250万人でした。
それが、最良のシナリオでも505億ドル・214万人、下振れした場合は433億ドル・185万人へと引き下げられたのです。
理由として挙げられたのは、生成AIの急速な現場導入、海外クライアントの発注行動の変化、そして世界的な競争の激化でした。
ここでひとつ、誤解のないように申し上げておきたいことがあります。いま現在、雇用が減っているわけではありません。
それどころか、この産業は10年以上、一度も止まらずに伸び続けてきました。
フィリピンIT-BPM産業の推移(2016年〜2026年見込み)
| 年 | 収益(億ドル) | 雇用(万人) |
|---|---|---|
| 2016年 | 229 | 115 |
| 2017年 | 234 | 117 |
| 2018年 | 248 | 123 |
| 2019年 | 263 | 130 |
| 2020年 | 265 | 132 |
| 2021年 | 295 | 145 |
| 2022年 | 325 | 157 |
| 2023年 | 355 | 170 |
| 2024年 | 380 | 182 |
| 2025年 | 403 | 189 |
| 2026年(見込み) | 423 | 194 |
10年で収益はおよそ1.8倍、雇用は1.6倍に増えています。2026年単年で見ても前年を上回る見込みです。
つまり今回下がったのは、目先の雇用数ではありません。2028年に向けた「成長の天井(見立て)」が下がったのです。
これは「明日すぐに仕事がなくなる」という話ではなく、「これまで国を牽引してきた成長モデルが、AIによって構造的な壁に突き当たった」と捉えるべき出来事なのです。
英語が、はっきりと「破格の高給」になっていた国
ここからが本題です。
そもそもフィリピンのコールセンター・BPO産業とは、何だったのでしょうか。
ひとことで言えば、「英語が話せる人材を、国内で最も大量に吸収してきた産業」です。
フィリピンにおいて、この産業は若い世代にとって特別な存在でした。
一般的な国内企業の初任給や店舗スタッフは、法定最低賃金に近い月1.5万ペソ(約4万円前後)にとどまることが珍しくありません。
フィリピン統計庁(PSA)が公表した調査でも、全国の平均月額賃金は約21,544ペソです。
そうしたなかで、コールセンターやBPO企業のエージェントは、新卒や特別な実務経験のない若者であっても、基本給に夜勤手当や各種インセンティブが加わることで、月2.5万〜3.5万ペソ前後の手取りを手にすることができます。
中堅や難度の高いサポートになれば4万〜5万ペソに達することも珍しくありません。
医師や弁護士のような高度な専門資格を持たなくても、「英語が話せる」という一点だけで、国内平均を上回り、一般職の1.5倍から2倍近い収入を得ることができる。
フィリピンは長年、その仕組みが国家規模で機能してきた国でした。
日本でも長いあいだ、「英語ができれば食いっぱぐれない」と言われてきました。英語ができる、パソコンが使える、簿記がある。ひとつのスキルが、そのまま安定した生活に直結する。私たちもそう教えられて育ちました。
フィリピンは、その考え方がもっとも華々しく成功した国だったのです。
実は、この産業の大半がコールセンターです
「IT-BPM産業」と聞くと、プログラミングを行うITエンジニアや高度なシステム開発を思い浮かべるかもしれません。
しかし、実態の内訳はかなり異なります。
分野別の規模(2025年)
| 分野 | 雇用 | 収益 |
|---|---|---|
| コンタクトセンター・ビジネスプロセス | 168万人 | 339億ドル |
| グローバル・ケイパビリティ・センター(GCC) | 27万人 | 87億ドル |
| ヘルスケアサービス | 20万人 | 45億ドル |
| IT・デジタルサービス | 19万人 | 61億ドル |
| アニメーション | 8,400人 | 8,500万ドル |
| ゲーム開発 | 7,200人 | 1億700万ドル |
※複数の分野にまたがって重複カウントされているため、単純に足し合わせても産業全体の数値(189万人)とは一致しません。
ご覧の通り、産業全体の雇用189万人のうち、実に168万人をコンタクトセンター部門が占めています。収益で見ても、403億ドルのうち339億ドル。他の分野とは文字通り桁が違います。
ここには電話対応だけでなく、チャットやメールの対応、データ入力といった定型事務も含まれますが、実態としては「流暢な英語力を活かしたコールセンター業務が、この国の巨大IT産業のほぼすべてだった」と言ってよい規模です。
そして、これこそが今回、業界がAIの波に直面している最大の理由です。
顧客からの問い合わせへの回答、定型的なメール返信、チャットサポートの一次対応。これらはまさに、生成AIが最も得意とする領域です。
電話窓口からテキスト対応まで、人間がマニュアルに沿ってこなしてきた業務から順に、猛烈なスピードで自動化が進んでいます。
「英語が話せる」という単一のスキルに依存していた仕事ほど、代替のスピードは容赦ありません。
私たちの競合は、他の語学学校ではありませんでした
ここで、現場にいる人間としての話をさせてください。
セブで語学学校をやっていると、「競合はどこですか」とよく聞かれます。
ほかの語学学校の名前を挙げられることが多いのですが、実際のところ、私たちが長年もっとも人材を取り合ってきた相手は、同業他社ではありませんでした。
コールセンターやBPO企業です。
良い大学を出た優秀な若者ほど、そちらへ向かっていきます。給与水準が高く、外資系の大規模なオフィスで働けるのですから、当然の選択です。私が彼らの立場でも、同じ道を選んだかもしれません。
ですから、語学学校の経営というのは、教育事業であると同時に、この巨大なBPO産業と優秀な英語人材を奪い合い続ける歴史でもありました。
そもそもQQEnglishのセブ島留学は、私がセブでの英語学習を終えて帰国するとき、担当してくれた先生にパソコンを一式渡して、「日本に帰ってからもオンラインで続けさせてください」とお願いしたところから始まりました。
だからこそ、「優秀な人材をどう惹きつけ、どう育てるか」という問題は、私にとって創業以来ずっと向き合ってきたテーマなのです。
業界自身が「量から質へ」と言い始めている
興味深いのは、この変化を一番はっきりと言葉にしているのが、ほかならぬ業界の当事者たちだという点です。
IBPAPは今回の目標見直しにあたり、単に数字を下げただけでなく、産業の評価軸そのものを変えました。
マドリッドCEOは2026年7月の会見で、「これからの成長は、単なる人数の拡大(量)ではなく、一人ひとりが生み出す付加価値や能力(質)によって定義される」と強調しました。
掲げられたのは、英語で電話を受ける人数を競うことではなく、AIツールを使いこなし、深い専門知識と人間ならではの強みを併せ持つ人材をどれだけ育成できるか、という方針です。
同協会は、これからのAI時代に対応できる人材には、AIリテラシーに加えて、「状況判断力」「批判的思考」「深い共感」「リーダーシップ」といった人間的な能力がより強く求められるとしています。
そして、アナリティクス、財務・経理、ヘルスケア情報管理、エンジニアリングといった高付加価値領域へのシフトを急いでいます。
「量から質へ」。
「英語が話せる人を大量に集めてオペレーションを回す」というモデルが天井を迎え、専門性を持った人材の育成へと舵を切っているのです。
正直に申し上げると、私たちにとっては好機かもしれません
ここから先は、統計データではなく、現地で学校を経営してきた私の予測として受け止めていただければと思います。
もしこの先、BPO産業の採用の蛇口が「大量採用」から「少数精鋭の専門職採用」へと絞られていくとしたら、どうなるでしょうか。
これまでコールセンターへ流れていた、「英語が流暢で、大学を出ていて、人と向き合うのが大好きな若者たち」が、教育現場や学校のほうへと目を向けてくれるかもしれません。
それは私たちのような教育機関にとって、より優秀で情熱のある先生を採用できる大きなチャンスにつながると考えています。
ただし―これがフィリピンという国の社会にとって手放しで喜べることなのかは、私にはわかりません。国の屋台骨を支えてきた基幹産業の成長が鈍化するということは、多くの家庭の生活設計に直結する問題だからです。
海外に出稼ぎに行かなくても、国内で家族と暮らしながら高い収入を得られる。
その貴重な受け皿だった産業が曲がり角を迎えていることに対して、胸の痛む思いと、経営者としての現実的な期待とが、いまも同居しています。
AI時代に英語を学ぶ意味は、どこにあるのか
最後に、私がこの変化を見つめながら、強く感じていることをお伝えしたいと思います。
私は創業以来ずっと、「ただ英語が話せるだけではダメだ」と言い続けてきました。
QQEnglishがすべての教師を正社員として雇用し、国際的な英語教授法である「TESOL」の取得を全員に義務づけ、採用後も継続的なトレーニングを課しているのはそのためです。
日常会話としての英語が話せることと、生徒の課題を見抜き、やる気を引き出し、プロとして英語を教えられることは、まったく別の能力だからです。
「AIに奪われない仕事とは何か」。
その問いに対して、私が現場から出したい答えはシンプルです。
それは、「ひとつのスキルだけで成り立つ仕事」ではなく、「いくつかの力を掛け合わせて成り立つ仕事」です。
英語ができること自体は、もはやゴールではありません。「英語が話せるだけ」の定型業務は、これから急速にAIへと委ねられていくでしょう。
でも、英語という道具を、自分がすでに持っている何か―専門知識、実務経験、粘り強さ、あるいは相手の痛みに寄り添える人柄―と掛け合わせたとき、英語は初めて誰にも真似できない強力な武器に変わります。
あなたが英語を身につけたら、それを自分の何と掛け合わせますか。
そこまで想像できたとき、英語学習は単なる暗記や訓練を超えて、自分の未来を切り拓く本当に面白い挑戦になるはずです。
そして何より大切なのは、その掛け算が機能するレベルに届くまで、学びを止めずに続けることです。オンラインでも、セブ島留学でも構いません。とにかく使い続けることです。
プロとして教える技術を磨き上げたフィリピン人教師たちとともに、皆さんのその挑戦を現場でお待ちしています。

データ出典・注記
- フィリピンIT-BPM産業の推移および2028年改訂見通し
ITビジネスプロセス協会(IBPAP)公式資料『The Philippine IT-BPM Industry Overview 2026』および2026年7月14日付IBPAPプレスステートメントに基づく数値。2028年の改訂目標値(最良505億ドル・214万人/下振れ433億ドル・185万人)は同日の記者会見発表による。 - フィリピンの平均賃金および雇用環境
フィリピン統計庁(PSA)「職業別賃金調査(Occupational Wages Survey)」および現地最低賃金委員会(NWPC)基準に基づく。コールセンターおよびBPOエージェントの現場給与水準(夜勤・各種手当を含む実質手取り水準)については、現地での採用実績および市場実勢に基づく。


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